ラヴェル/弦楽四重奏曲

夕方の地震にはびっくりしました。でも海沿いの高層階が不安になるほどでなくてホッとしています。

さて、8月も今日で終わり。写真のように赤や黄色に色づいた木々を目にするようになり、まだ暑いながらも徐々に秋の気配を感じるようになってきました。

今日は近頃のお気にいり、ラヴェルが27歳の若さで作曲した、彼の生涯で唯一の弦楽四重奏曲 ヘ長調です。カルミナ四重奏団による1992年の録音から。

「オーケストラの魔術師」として名高いラヴェルが室内楽を作ったらどうなるか。非常にそそられましたが、その期待を裏切らないシンフォニックで聴き応えのある作品です。心地よい気だるさと、そこからにじみ出る色彩感が美しい一方で、感情が突出するような迫力もあり、そこには室内楽という枠を越えたラヴェルの魅力が詰まっています。

第1楽章はどこか懐かしくて、ずっと聴いていたくなる美しく切ない旋律。こんな場面でのビオラは憂いがあって素晴らしい。第2楽章ではそれまでの甘美さは引き継がれつつ、情熱の舞を見ているかのような小気味よいピチカートに魅了されます。

第3楽章はゆっくりと、静かに物思いに耽るモノトーンの世界。ふいに沸き起こる感情の発露は、ラヴェルらしい見事な表現です。それが消えるように終わるや否や、全楽器のユニゾンによる大胆な跳躍で第4楽章に。やがて冒頭のテーマが優雅に現れて、活気に満ちた終わりを迎えます。

カルミナ四重奏団は、1984年に結成された実力派カルテットだそうですが、この演奏は彼らの息遣いまでが聴こえてくるほど臨場感たっぷり、そして起伏に富んだこのラヴェルの世界を生き生きと華やかに表現しています。
posted by stonez | 2006.08.31 22:35 | Comment(8) | TrackBack(2) | 音楽 - 室内楽曲

モーツァルト/ヴァイオリンとビオラのための協奏交響曲

この週末に妻と子を再び実家に迎えに行ってきまして、ようやく断続的な夏休みが終了しました。そんな訳でまばらな更新となっております(^^

さて今日という日を調べてみたところ、「ヴァイオリンの日」だそうです。明治13年に東京・深川の三味線職人・松永定次郎が国産第1号を完成させたとあります。そしてもう一つが、カール・ベームの誕生日です。1894年、明治27年のことです。

というわけで「ベーム」と「ヴァイオリン」で何かないかと探してみたら、こんな曲がありました。モーツァルト作曲、ヴァイオリンとビオラのための協奏交響曲 変ホ長調 K.364。カール・ベーム指揮/ ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団と、トーマス・ブランディス(Vn)、ジュスト・カッポーネ(Vla)。1964年のステレオ録音から。

第1楽章、アレグロ・マエストーソ。ゆったりしたテンポに乗ったふくよかなオーケストラと、主役をつとめるヴァイオリンとビオラとの心地よい対話からして、作曲当時23歳というモーツァルトの若さを想像させない充実感。それにヴァイオリンとビオラの見事なハモりぶりと言っていいのでしょうか、この一体感からはソリストたちとベーム・ウィーンフィルの緻密な音作りが感じられます。

つづく第2楽章のアンダンテは悲しみの旋律に乗って、ヴァイオリンは表情を、そしてビオラは内面を映し出していくようですが、互いが互いを際立たせながら悲しいだけでない希望の光もチラリ。そして第3楽章はプレスト。また軽快な対話に戻って喜びの音楽が始まる。それにしても、この音楽はビオラのおかげでより深みを増しているようです。

協奏交響曲というだけあって、曲調や長さは交響曲のようでありながら、ディヴェルティメントのような遊び心も忘れない、そして何より弦楽器の豊かさにあふれたモーツァルトらしい作品でした。そしてベームの、派手さではなく丁寧に優しく作り出されるこの世界は、今なお十分な存在感を放っています。
posted by stonez | 2006.08.28 22:54 | Comment(7) | TrackBack(1) | 音楽 - 協奏曲

福富祥子 チェロ・リサイタル

お盆休みをもらって、しばらく群馬と栃木の実家巡りをしてまいりました。妻と息子はまだ実家ですので、この機会にコンサート行きたいなと思っていたところ、ありました。さっそく行ってきました(^^

<日時・場所>
 2006年8月21日(月)19:00開演
 ムジカーザ(東京・代々木上原)

<演奏>
 チェロ:福富 祥子
 ピアノ:石岡 千弘

<曲目>
 シューマン/幻想小曲集 作品73
 ブラームス/チェロソナタ第1番 ホ短調 作品38
 (休憩)
 ラフマニノフ/チェロとピアノのためのリート ヘ長調
 ショスタコーヴィチ/チェロ・ソナタ ニ短調 作品40
 (アンコール)

もうとにかく、生のチェロをライブハウス感覚で体感できたのと、それだけでなく福富さんの表情や気持ちが込められた息づかいまで全てが自分の目線で伝わってくる素晴らしいリサイタルでした。会場の雰囲気はアットホームで、木のぬくもりとコンクリートの涼しさが同居していて新鮮。しかも間近に楽器があるのに、前全体から豊かに迫ってくる音響にも驚きでした。

さてまずはシューマンから。あまりの儚さと美しさで最初から心打たれましたし、移り気なシューマンらしさがいっぱい。続くブラームスは、地から湧き上るような荒々しさから穏やかな優しさまで全部が「渾身」の演奏の中にあって、ただ息を呑むばかり。やはりチェロはブラームスの深い精神性ととっても相性がいいんだなと納得。それを支える石岡さんも呼吸ぴったりで、そこにはアイコンタクトすらありません。

そして休憩を挟んでラフマニノフ。前半までとは違ったメランコリックな空間に一新されたところでショスタコ。もともと彼らしいユーモアたっぷりの音楽ですが、それだけにとどまらず木琴みたいな音やギターを弾いたような音など、一本のチェロからそれこそ多種多様な音色がダイナミックに繰り出されていく様子にひたすら釘付け。まさに目で見て楽しい音楽でした。

最後の大喝采には、うっとりするようなラフマニノフのヴォカリーズと、シューマンのトロイメライなど2曲で応えてくれました。

というわけで、前半はチェロの美しさに聴き惚れ、後半ではチェロの奥深さと面白さの虜になり、とにかく贅沢な時間となりました。
posted by stonez | 2006.08.22 22:00 | Comment(2) | TrackBack(1) | 音楽 - コンサート

モーツァルト/弦楽五重奏曲 第3番

毎日暑いといいつつ日中は涼しい職場にいるわけで、少々季節感に乏しい私でございます。先日息子が念願の寝返りを果たし、以来眠かろうが飲んだミルクを戻そうが構わずうつ伏せになって、見たいモノを自由に見る喜びに浸っております。

今回はモーツァルト作曲、弦楽五重奏曲第3番 ハ長調 K.515。演奏はアルバン・ベルク四重奏団です。編成はヴァイオリンとビオラが各2名、そしてチェロ。

お金に困ったモーツァルトが、新聞に広告を出してまで買い手を募った、という生々しいエピソードが全く信じられないほど気品に満ちています。それでも底抜けな明るさではなく、時おりのぞく暗いかげりが彼自身の苦悩を表わしているようにも思われ、才能と運命の織りなす綾は奥深いことだなぁと感嘆せずにはいられません。

まずは雄弁なヴァイオリンがしなやかに歌い、そして諭すように寄り添うチェロが優しい第1楽章。そして今度はビオラが穏やかにやってきて子守歌のように包み込んでくれる第2楽章。まったく俗っぽさのかけらもなく、ただ天から降り注ぐアルバン・ベルクの音楽に身をまかせるだけです。

そして第3楽章のうっとりするようなアンダンテは、聴いてる方が思わず身を乗り出してしまうようなどこか肩の力の抜けたところがあって不思議な魅力です。第4楽章はビオラとチェロの刻むリズムに支えられて、ヴァイオリンが生き生きと躍動する、ラストにふさわしい充実の音楽と演奏。

もうすべてが名旋律というのは疑いようのないことで、さすが室内楽における「ジュピター」と例えられるだけのことはあるなと思います。
posted by stonez | 2006.08.12 02:44 | Comment(16) | TrackBack(1) | 音楽 - 室内楽曲

ヴィヴァルディ/協奏曲集「四季」より「夏」

新しい季節を迎えるごとに取り上げてきたヴィヴァルディの協奏曲集「四季」も、今回で完結です。この音楽については、それぞれの季節を思わせるようなジャケットデザインのものを選んできましたが、最後を飾る「夏」Op.8-2 はこちらです。

ヴァイオリンはコンスタンツィ・クルカ、ハープシコードはイーゴル・キプニス、そしてカール・ミュンヒンガー指揮/シュトゥットガルト室内管弦楽団。 iTMSより。

この「夏」はヴィヴァルディの性格というか主観がよく表れていますね。太陽と青い海が爽快に描かれているのではなく、松の木が枯れてしまうほど暑くてくたびれたり(第1楽章)、ハエが飛び回ってうっとうしい(第2楽章)とか、巨大な嵐と”ひょう”のせいで農作物が倒れちまった(第3楽章)とか、もうこれでもかというくらいネガティブなオンパレード(笑)。彼にはそういう感情を抱かせる季節だったようです。

当時のイタリアと今の日本とでは多少事情は異なるでしょうが、それでもヴィヴァルディの感性の妙を感じるところではあります。聴いたままの雰囲気でいうと、台風接近で荒れた空模様となった今日の天気を想像させる曲調です。

今回の演奏家さんたちは私にとって初めてですが、弦楽器が前面に出て荒々しい自然の脅威をじっくりと、ちょっぴりシンフォニックに聴かせてくれて、ちょっと客観的な「夏」の嵐を楽しみました。

おしまいに自己リンクです。
 ヴィヴァルディ/協奏曲集「四季」より「春」「秋」「冬」
posted by stonez | 2006.08.09 22:34 | Comment(2) | TrackBack(1) | 音楽 - 協奏曲

サティ/気むずかしい気取り屋の3つの高雅なワルツ

ようやく梅雨明けして短い夏の到来。でもまだ過ごしやすいので夏という実感はまだまだです。写真は近所の駅から。リベラ33さんのブログで、この変わった駅名が話題に出ていました。読みがプラーザで英語表記はPLAZA。引越してきた頃はそれも気になったりしたものです。

さて変わった名前といえば、思いつくのはエリック・サティのピアノ曲。その中から「気むずかしい気取り屋の3つの高雅なワルツ」。日本語訳の関係からか、微妙に言いまわしの違うタイトルが存在しますが、こちらが語呂がよかったので。ピアノは高橋悠治さん。

この「気むずかしい気取り屋」というのは、サティ自身なのかなと思ったりします。曲からもタイトルからもそのオーラが存分に放たれていて、本で見たサティの気難しそうな風体や変わった生き様にぴったり。それにしても3曲足しても3分に満たないのですから、そのインパクトたるや凄まじいものがあります。

最初は「容姿」。さも不恰好。例え外見がピシッとしていても仕草や思考はコミカルそのもの。でも次の「メガネ」は180度逆。たくさんの出会いや別れ、喜びや悲しみを見つめてきて今静かにテーブルの上にたたずむメガネ。シンプルなのにノスタルジック。サティで一番好きなフレーズです。ずっと聴きたいけど、すぐ終わってしまうところが良いのかも。最後の「脚」はまた元気な路線に戻るので、この対照的なコントラストが妙。おフランスらしい魅力です。

高橋さんはアントルモンとは違って、流れるように感情豊かな演奏ではなくて、丁寧で誠実な演奏で、どちらかというと聴いている方の想像を膨らませます。日本人の耳によく合った演奏かもしれませんね。
posted by stonez | 2006.08.02 23:11 | Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽 - 器楽曲