ニールセン/交響曲 第1番

高校時代、公立の男子校に通っていましたが、男女共学校は一部を除いて実業高か遠くの私立高しかありません。それほど群馬は保守的(?)なところで、国政でいうといま総裁選をやっている政党しか選択肢がありません。ですが今回ばかりは同郷の福田さんに頑張ってもらいたいです。そういえば麻生さんのマンガ好きは有名ですが、福田さんのクラシック音楽好きはあまり知られてなさそうです。

さて、ここしばらくはニールセンを聴いています。ヘルベルト・ブロムシュテット指揮、サンフランシスコ交響楽団の全集盤ですが、その中から交響曲第1番 ト短調 Op.7です。

なんだか北欧作曲家ニールセンの交響曲への意気込みが伝わってくる、記念すべき第1番の交響曲。なんと第1楽章はアレグロ・オルゴリオーゾ(誇らしげに)という指示つきです。ブロムシュテットらしい重厚で統率のとれた一つ一つの響きがこの雰囲気に花を添えています。

そんなわけで第1楽章は雄弁にして快活で聴き応え十分です。つづいて、ホルン以外の金管が沈黙、そよ風のように美しい弦の音色が印象的な第2楽章。第3楽章は深い森の中をゆっくり分け入っていくような気分になる不思議な旋律。そしてアレグロ・コン・フォコの通り、火のように駆け抜けるフィナーレでした。

そういえば、福田さんが「ほうぼうから推薦の声をいただき・・・」と言ってましたが、その言い方に懐かしさを感じたのでした(笑)
posted by stonez | 2007.09.18 02:41 | Comment(4) | TrackBack(0) | 音楽 - 交響曲

デュカ/交響曲

今日で14日連続出勤の6日目という、学生バイト並みの生活をしてますが、今晩は中間のクライマックス、徹夜作業が控えています。真っ昼間にビール飲んでこれから仮眠をとるところです。

こんな時期なので、ちょっとテンション高めな音楽を聴いて、いやがおうにも気持ちを盛り上げていきたいところ。今回は私の中で今年一番の掘り出し物といえるかもしれないこの曲を。あの「魔法使いの弟子」でおなじみポール・デュカ作曲、交響曲 ハ長調。ジャン・フルネ指揮、オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団。

これは理屈抜きにカッコいい!、演奏もまた素晴らしい!
スタイルは伝統的な交響曲でいながら、中身はまったくスタイリッシュ。フランスらしいまばゆい光彩に空間的な広がりを感じる第1楽章や緊張と興奮の第3楽章には圧倒されるし、気品がある第2楽章はどこか19世紀末の退廃的ムードがただよっていて聴き応え十分。もっと聴かれてもいいと思います。

日本で指揮活動を締めくくって世界を驚かせたフランスの巨匠フルネですが、重心のしっかりしたきらびやかな音づくり、そして鳴りっぷりのよい金管が奥行きをつくり、弦楽器がそこを鮮やかに彩っていく、そんなスケールの大きさが魅力です。

ところで、「デュカス」という呼び方でも知られる彼の名前ですが、こちらの根拠に納得しつつ「デュカ」としました。

おやすみなさい。。。
posted by stonez | 2007.07.07 14:11 | Comment(6) | TrackBack(1) | 音楽 - 交響曲

モーツァルト/交響曲 第40番

(更新がまばらなので、どうもこんな書きだしになりがちですが)先日、千葉の友人を訪ねてきました。近くには広々した公園と海が、そして素晴らしいお天気。息子は海を初体験。でも着替えがなかったので水に触らせませんでしたが(笑)

あいかわらずモーツァルトを欲しがる生活が続いているので引き続き。モーツァルト作曲、交響曲第40番 ト短調 K.550。

もはや誰もが知っているポピュラーな名曲。堰を切ったようにあふれ出す哀しみと、静かにそそぐ天国の光が見えてきそうな旋律の数々。儚くも優雅に彩られた美の世界。最後まで聴くとオペラが見たくなってくる、そんな音楽でもあります。

このところ、モダン楽器をピリオド楽器のように聴かせるアーノンクールの「プラハ」、そしてカラヤンのモダン楽器どっぷりの「39番」ときたので、今度はじっくりピリオド楽器です。トレヴァー・ピノック/イングリッシュ・コンサート。あと残るはモダン楽器のように聞こえるピリオド演奏ですが(笑)、ちょっとわかりません。

彼らの演奏は、繊細で軽量なピリオド楽器の音色をしっかりと束ねつつ、しかも速いテンポでもブレることないダイナミックさが魅力ですが、さらに緩徐楽章では音色と音色の間が深い静寂のように感じられます。この臨場感とメリハリのさじ加減が絶妙です。

音色の豊かさという意味ではまるでモダン楽器のようだといえるかもしれません。
posted by stonez | 2007.06.06 01:39 | Comment(4) | TrackBack(1) | 音楽 - 交響曲

モーツァルト/交響曲 第39番

『飲み会の大切さがわからないとね、キミ』なんていう社風の会社で育ったせいか(笑)、どうも職場の飲み会が断りにくい性分ですが、逆にそういう席がまるでないというのも寂しいもの。で、先日仕事上のちょっとしたヤマが片付き、今の職場で初めての打ち上げに行ってきました。それでも久々とはいえ、飲みすぎなくなったのは疲れのせい?

ところで疲労がたまってくると、体が自然とチョコレートとモーツァルトを求めるんですねーこれが。なのでふとしたときに頭に流れているのはやっぱりモーツァルト。自分にとってはどうやら今年こそがモーツァルトイヤーのようです(笑)

そんなわけでモーツァルトの後期3大シンフォニーから。交響曲第39番 変ホ長調 K.543。40番が優美、41番が壮麗だとしたら、この39番は典雅な世界。そしてふとした時に浮かび上がる孤独な表情。この微かな感情のコントラストがまたモーツァルトの醍醐味。好きです。演奏はヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団にしてみました。

アーノンクールが切れ味鋭く新鮮な演奏だとしたら、このカラヤンはその対極にあるといえるかもしれません。ふくよかで悠然とした、いかにもオーケストラらしい重量感のある響き。共にザルツブルクを故郷に持ちながら何故か接点の薄い印象のモーツァルトとカラヤンでしたが、この演奏がそれを払拭してくれます。

AmazonではSchweizer_Musik先生がレビューされていましたので、ご参考まで。
posted by stonez | 2007.05.31 23:39 | Comment(6) | TrackBack(1) | 音楽 - 交響曲

モーツァルト/交響曲 第38番「プラハ」

このところ寝るためだけに家に帰る生活になってます。なのでケータイでそこそこWebが楽しめるのは便利ですね。デザイン的には惜しい某社(笑)ですが、定額も合わせてフル稼働してます。そんな日々なのでなかなか息子に会えません。マウスオンは妻からもらいました。

前回はプラハの春音楽祭のシーズンにちなんでスメタナでしたが、今度はプラハつながりでモーツァルトです。交響曲第38番 ニ長調 K.504「プラハ」。ニコラウス・アーノンクール指揮、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団です。

さっそうとやってきて、元気と喜びを振りまいて笑顔で去っていく、そんなこの作品のニックネームは、モーツァルトが「フィガロの結婚」が好評だったプラハに招かれて、その手土産として初演したことに由来しますが、どうも近年の研究では疑わしいらしいです。とはいえプラハ市にとってはこの上ない看板でしょうし、聴く方もちょっと親しみが持てるというものです。

アーノンクールの廉価盤は手に入れやすく何枚か持ってるのですが、意外に取り上げるのは今回が初めてでした。重低音マニア的には曲によっては物足りなさを感じてましたが、彼のモーツァルトはとても面白いですね。他では聴いたことのないテンポ感やモダン楽器らしからぬ響き、そしてはじけるような若々しさが気持ち良いです。第39番 K.543と合わせてとびきり斬新です。
posted by stonez | 2007.05.25 01:59 | Comment(6) | TrackBack(1) | 音楽 - 交響曲

シベリウス/交響曲 第3番

桜前線を追いかけるように帰省して、そこで寒さを体感して戻ってきたら川崎もなぜか寒く、まずは息子が風邪でダウンして初めて点滴する羽目に。ついに妻にもその兆候が。ここが核家族のアキレス腱で、仕事を休むかどうかに関わってきます。

というわけで、ここ数日は凍えるような雨や風の日ばかり。そこでじんわり内側からあったかくなるような音楽でゲンかつぎ。シベリウス作曲、交響曲第3番 ハ長調 Op.52。

フィナーレで喜びに到達する、というのは前作の第2番に似てますが、その表情はずいぶん違っていて内面からにじみ出てくる人間味と、大自然がより間近に感じられます。馴染みの良いメロディはそのままに、大衆向けからシベリウス自身への作風の転換。派手さはなくても充実があります。暖かい部屋でチビチビ飲みながら聴くのにもよいかと。

弦の低音と管の高音が独特のモノトーンをつくりだす第1楽章も、終楽章の湧き上がる喜びももちろん素晴らしいですが、印象的なのはじんわりと匂いたつ第2楽章。厳しさの奥底に流れているあたたかさ。私には屈指の緩徐楽章です。

お気に入りはパーヴォ・ベルグルンド指揮、ヨーロッパ室内管弦楽団。落ち着きがあって緊密なアンサンブル。音の隅々までがよく聴こえて好奇心が刺激されます。

さて明日も通院なので早じまい。春はどこいった?
posted by stonez | 2007.04.20 23:15 | Comment(8) | TrackBack(2) | 音楽 - 交響曲

リベラ33さん来たる(エッシェンバッハのシューマン第4番)

いつもお世話になっている我らがエンターティナー、リベラ33さんが横浜にいらっしゃるというニュースが走った先週末の金曜日、私も縁があってyurikamome122さんepoch@kyokoさんとともに、遂にお会いしてきました。

当然のごとく、リベラ33さんの音楽に対する懐の深さは素晴らしいもので、ひとたびyurikamome122さんと話に火がつくと、こちらは身を乗り出して唸ってるだけ(笑)。ちょっと想像のつかない演奏家・音楽家の世界をチラ見した気分で、今後音楽を聴いていく楽しみが増えました。それからkyokoさんの前向きな行動力も刺激的でした。

そんなリベラ33さんに会って、とにかく話したかったのがエッシェンバッハ/NDR響のシューマン交響曲全集のこと。きっとエッシェンバッハとしてだけでなく、代表的な「シューマン交響曲全集の」名盤ということになっていくと思いますが、聴き手の心をグイグイつかむ絶妙なテンポ・コントロールやオケの熱気が凄まじいです。

特にすり減るほど(レコードだったら)聴きまくったのが第4番で、第1楽章最後のあのたたみかけるようにアッチェレランドしていくところの熱狂ぶりはフルヴェンに負けません。それがウソのように穏やかになる第2楽章、豪快な第3楽章に元気いっぱいの4楽章と、息つく暇なく終わりまでいってしまう演奏の好例だと思います。

エッシェンバッハの近況は、リベラ33さんのエントリーを楽しみにしたいと思います(笑)。楽しい時間をありがとうございました。
posted by stonez | 2007.02.25 15:38 | Comment(4) | TrackBack(2) | 音楽 - 交響曲

チャイコフスキー/交響曲 第2番「小ロシア」

10か月になった息子ですが(マウスオンあります)、カゼがようやく落ち着いた矢先、今度はベッドから落ち頭を打ってしまいました。お医者さんに診てもらって、今のところ落ち着いてますが、私たち親の認識が甘過ぎました。狭くても安心して遊ばせておける環境を考えなければ。

チャイコフスキーは冬にぴったりといいつつ、先日はどちらかといえば季節感より人生観寄りの第4番交響曲でしたので、去りゆく冬を眺めつつ改めて聴いてます。交響曲第2番 ハ短調 Op.17「小ロシア」。ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団。1966年。

チャイコフスキーが、伝統的で構造を優先する交響曲というジャンルに、素朴で表情豊かな小ロシア(ウクライナ)の情感をふんだんに織りこんだ意欲作。私の好きなチャイコフスキーらしい、明るくメルヘンな世界が広がります。

第1楽章。重々しい序奏、ウクライナ民謡からとられたという旋律は情熱的で、早くもエンジン全開。第2楽章は、のっそり歩くクマさんの行進曲。トリオでは自然の息吹が漏れてくるよう。眩しさ、静けさ、小動物、鳥のある景色。第3楽章はダイナミックなスケルツォ。ロシア人形が愛嬌たっぷりに踊ってるみたいです。

そこへ突然盛大なファンファーレ。あら、別の曲が始まったかなと思わずiPodを覗き込んでしまいました。サプライズな終楽章。活発な旋律と不思議に転調していく旋律が楽器から楽器へと受け継がれていき、最後は元気いっぱいのクライマックスです。

1960年代のカラヤン/BPOからは晩年のあのピシッとコントロールされた緻密さや推進力はさほど感じない代わりに、奔放でエネルギッシュな演奏となっています。生命力が感じられます。
posted by stonez | 2007.02.23 00:05 | Comment(8) | TrackBack(1) | 音楽 - 交響曲

ニールセン/交響曲 第4番「不滅」

お昼休みに外出したら、風に飛ばされました。路駐していたと思われるバイクや自転車も転がっている始末。ここ数日、春一番と台風がセットでやってきたかと思うようなひどい天候が続いています。

『北欧イヤー2007』は、シベリウス、グリーグときて、あと出てくるのはデンマークのカール・ニールセンくらい、ということに今更ながら気づきました。あとは、アバとか、カーディガンズとか、別の路線にいってしまうのでまずはニールセンで。交響曲第4番 Op.29「不滅」。ヘルベルト・ブロムシュテット指揮、サンフランシスコ交響楽団。

ニールセンは、シベリウスと同じ1865年生まれ。知識階級の出で神秘的な作風のシベリウスに対して、農民出身のたたき上げで率直に語りかけてくるようなニールセンと、好対照なのが面白いところ。パッと聴きは馴染みにくいけど、接しているうちに打ち解けてくるあたりは、それがロマン派ではなく現代の入り口にたたずむ音楽であることを再認識する次第。

彼はこの交響曲第4番に、いかなる時も消えることのない人間の『生』への意思を込めたらしい。そこからくる『不滅』。当時、第一次世界大戦の戦時下にあって、最初は古風な騎馬や歩兵戦だったのが、機関銃→塹壕→戦車→戦闘機と瞬く間に技術革新と殺りくがエスカレートしていった側面があり(と教育TVの高校世界史で見ました)、その恐怖や嫌悪が音楽に影響を与えたとしても不思議ありません。

4つの部分が連続して演奏される単一楽章。生命の輝きと、感情の噴出が交互に顔をのぞくようにして始まり、つかの間の安らぎ、悲壮ただよう魂の叫びをへて、再び躍動感あふれる音楽で不滅を高らかに宣言していく。もう、吠えまくる金管と、荒れ狂うように打ち鳴らされる2つのティンパニは圧巻の一言といえましょう!
posted by stonez | 2007.02.16 01:45 | Comment(13) | TrackBack(3) | 音楽 - 交響曲

チャイコフスキー/交響曲 第4番

東京の中目黒まで仕事しに行くようになって1か月。まだこの街の人気の秘訣はわかりません。やっぱり歩いて回る時間がないからなぁ。あと寒いのがネックですねぇ、なんて言ってみても、このままだと暖冬なのでウソだったというオチになりそうな。写真は中目黒の立体交差にて。奥が中目黒駅です(マウスオンで昼になります)。

さて、ブラームスの哀愁ただよう曲想が秋にぴったりなように、チャイコフスキーのあたたかい情感は冬によく合うと感じている今日この頃。チャイコフスキー作曲、交響曲第4番 ヘ短調 Op.36。ユージン・オーマンディ指揮、フィラデルフィア管弦楽団。1973年。

チャイコフスキーがやや前のめりになって、気張って作ったんじゃないかと思うほど、パワーと感情が炸裂するこの作品。それだけにそれを充分に発散させてあげるような、壮麗で濃厚なこの演奏が良く映えます。あぁ聴いたなぁという満足が得られる演奏。それが「フィラデルフィア・サウンド」、これが「オーマンディ・トーン」の真価なのでしょう。

第1楽章。金管の暗い運命の動機にはじまって、その動機を断定したところで終わる。ささやかな希望も運命に打ち消される。それはチャイコの悩み、同性愛とか結婚の失敗といった体験からなのでしょうか。第2楽章では、それによってやる気を失い脱力する感じ。でもそこに彼の憂いに満ちた流麗なメロディが花開く。オーマンディもそれを心ゆくまで堪能させてくれます。

第3楽章。さらに深刻になり酒に溺れる。と思いきやちょっと脳天気で落ち着かない様子で速いピチカート。ピチカートでも豊かにしっかり響いてくるし、そうオーボエがまた素敵。飛び入りしてくる酔っぱらいのフニャフニャ感が出てる(笑)。軍楽隊の登場は意味不明だけどそこがまた楽しい。

そんなお気楽な気の持ちようが幸いして、ハッピーエンドの終楽章。途中で顔をのぞく運命のおぞましい主題は勢いとプラス思考でカバー、という雰囲気で元気を取り戻してフィナーレです。これはチャイコの願望?とにかく、乱れることなく迫力へと導いていくオーマンディです。
posted by stonez | 2007.02.09 00:57 | Comment(6) | TrackBack(2) | 音楽 - 交響曲