シューベルト/交響曲 第3番

4月、5月と苦しめられた嵐のような案件が過ぎ去り、今月から新天地。そして家庭では、出産を終えた妻と息子が戻ってきて、ようやく私にとっても子育てが始まりました。息子は生後一か月半ほどですが、時々笑ったような表情の時があったりして、少しずつ変化していく様子を楽しんでいます。日頃は妻子共に家にこもりきりなので、今日は家族揃って買い物に出かけてきました。

さて、このところはシューベルトの若書きの作品をよく聴いていますが、今日はその中でもお気に入りとなっている交響曲 第3番 ニ長調 D.200です。ギュンター・ヴァント指揮/北ドイツ放送交響楽団。未完成やグレイトといった、それまで私が聴いて抱いていた「シューベルトらしさ」とは違う面白さ、上品で前向きで健康的な音楽がそこにはあります。

第1楽章、ゆったりとした祝典的なメロディが耳馴染みよく心地よい。第2楽章は素朴で穏やかながらもアレグレットできびきびと小気味よく。第3楽章はスケルツォのようなメヌエット。中間部のオーボエとファゴットは癒しです。終楽章、タランテラのように激しいリズムで駆け上がります。

そしてヴァント。きびきびとしていて、輪郭がクッキリと見えるような演奏は、楽曲そのものが透明度の高い状態でこちらまで伝わってくるようですし、見事に足並みの揃ったアンサンブルからは、若書きの曲とは思わせない堂々とした風格があります。1983年当時71歳という高齢をまるで感じさせません。
posted by stonez | 2006.06.04 23:42 | Comment(8) | TrackBack(2) | 音楽 - 交響曲

シューマン/交響曲 第1番「春」

本日23時58分、体重3,050g、身長50.5cmの元気な男の子が誕生しました!おかげさまで母子共に順調です。妻のおなかにいた時はずいぶん大きなもんだ、と思っていましたが、いざ対面してみると本当に小さくて小さくて・・・廊下に泣き声が聞こえてきたときは本当にゾクゾクするものがありましたが、とにかく後ろ髪をひかれる思いで病院を後にしました。

妻は里帰り出産ですので故郷の宇都宮にいますが、自分もこうして帰ってきてすぐに対面できるウィークエンドを選んで生まれてきてくれるなんて、誕生早々親孝行をされてしまったようで何だか照れくさい気分です。と、こういうのを親ばかというのでしょうね(笑)。まあでも、これからが大変。なんでもいいから健康にすくすく育ってほしいと思います。

そんな舞い上がった気分ですが、このときのためにとっておいた、シューマン作曲、交響曲第1番 変ロ長調 Op.38「春」を、クリストフ・エッシェンバッハ指揮/北ドイツ放送交響楽団の演奏で。

暖かく晴れわたった春の日のおだやかさ。それから、新緑がまぶしく目に飛び込んでくるようなダイナミックさ。そういった春到来の硬軟織り交ざった喜びが、時に心地よく、そして時に生々しく感じられる音楽だと思います。そう、まさに今の私の気分です。

エッシェンバッハというと彼自身の音楽性から、そんな生々しい演奏を想像していましたが、それでもこの「春」は弦や管、そして打のバランスも取れていますし、テンポも心地よく揺れていて聴き心地がいいです。北ドイツ響の音色によるところもありそうです。

でもまあ、こんなときですし日も変わって深夜ですし(今は翌15日の3時半)、もうこれ以上の文章が出てきません...とりあえず、この辺にしておきたいと思います(^^;

<追記>
たくさんの暖かいコメントを頂き感激です。本当にありがとうございます!
私は仕事に備えて川崎の自宅に戻ってきましたが、気力充分で明日からを過ごせそうです。またこれからもよろしくお願いいたします!
(2006年04月17日 0:50)
posted by stonez | 2006.04.14 23:58 | Comment(30) | TrackBack(1) | 音楽 - 交響曲

ブラームス/交響曲 第1番

昨日からぐずついたお天気。仕事が相変わらずなのと、妻が出産に備えて先月から帰省しているので食生活が不規則で偏りがち。なので、余裕がある日は菜食でいくことに決めました。今日はチャーシューなしのラーメンで(?)

さて、こんなモノトーンな日には、静かに目を閉じてブラームス。交響曲第1番 ハ短調 Op.68。ハンス・マルティン・シュナイト指揮/神奈川フィルハーモニー管弦楽団。

ブラームスが着想から実に21年も費やして丹念に作りあげたこの交響曲。バッハ、ベートーヴェンに次ぐ「ドイツ3大Bだ」とか、「この曲はベートーヴェンの第10交響曲だ」と言ったのは当時の指揮者ハンス・フォン・ビューロですが、確かにそれだけの存在感、熱意を感じられる音楽といえます。

シュナイトさんと神奈川フィルによる演奏は、そんなこの音楽の持ち味を存分に引き出すような非常にゆっくりとしたテンポ。いくつか聴いたブラ1の中でも飛びぬけています。でも、これが鈍重にならないような響きを持った神奈川フィルの特性を知った上で、シュナイトさんは振ったのではないかと想像します。

第1楽章のティンパニの連打と緊張感溢れる弦楽器。重量感とともに悲壮感が漂よう一方で、第2楽章の優しい響き。コンマス石田さんのソロは細くてピンと筋の通った音色。もはや凪の世界。そしてアットホームな第3楽章。短いけど繊細でまとまりのあるハーモニーを充分堪能。終楽章、クララ・シューマンに捧げられたメロディは、落ち着いたこのテンポにこそ優しさがあります。そして今この瞬間を確かめるかのように、着実に感動的なフィナーレに向かって進んでいきます。

毎回同じことを言うようですが、生で聴きたかった・・・

posted by stonez | 2006.04.12 23:02 | Comment(8) | TrackBack(4) | 音楽 - 交響曲

クライバーのベートーヴェン第7番ライブ(祝・WBC優勝!)

いやぁ、王ジャパンやりましたね。WBC初代チャンピオンおめでとうございます。世界一ですよ、世界一。一時は本当に終わったかと思いましたが、復活してからの見事な快進撃とチームワーク。久々に野球って素晴らしいなぁと心から思いましたし、凄まじいプレッシャーの中でプライドを持ってやるべきことをやる、イチローの気迫に興奮したのでした。

まぁ、最近は仕事に追われてアドレナリン出まくりの毎日を過ごしている私ですが、休日出勤を回避した本日はそれにも増してホットでした。そこで、アドレナリンにはアドレナリンを(笑)。クライバーのベートーヴェン7番ライブ、これでしょう!

今年1月に発売されたこの新譜、といっても既にこの世にいないクライバーのものというところも凄いですが、その演奏がまた熱い。いわゆるベト7で「速い」演奏というのは、第4楽章の凄まじいスピードが印象的なのですが、クライバーのベト7は何といっても第1楽章からどんどんいきます。

カール・ベーム追悼コンサートと銘打たれた1982年のこのバイエルン国立管弦楽団との演奏は、音のまとまりではウィーン・フィルとのものに譲りますが「熱さ」では数段上をいってます。第1楽章のドライブ感は目を見張るものがありますし、もちろん終楽章の熱狂も凄まじい。最後の観客の拍手は唖然とした感じのパラパラ拍手、やがて堰を切ったような轟音に変わるのがそれを物語っています。

今日のWBC決勝キューバ戦。今日もまさにそんな「熱さ」を堪能しました!
posted by stonez | 2006.03.21 23:25 | Comment(6) | TrackBack(4) | 音楽 - 交響曲

マーラー/交響曲 第2番「復活」

大変ご無沙汰しました。こうしてここに戻ってくることができ、そして皆様のブログにまた遊びに行けることにワクワクしています。それから私のお休み中にもたくさんの暖かいコメントを頂き、感謝の気持ちで一杯です。本当にありがとうございました!

問題の右目ですが、おかげさまで網膜剥離の手術も無事成功し経過も良好、退院と静養を経てようやく仕事に再復帰できるまでになりました。入院中の様子はメモと記憶をたよりに日記にしてみました。
 > Maestro!: 網膜剥離の治療日記

ではさっそくいきましょう。マーラー作曲、交響曲第2番ハ短調「復活」。ブルーノ・ワルター指揮/ニューヨーク・フィルハーモニックほかの演奏です。

この演奏を聴いたとき、まさにそれまで体験した病院での数日間を振り返っているような気持ちになりました。またマーラーの弟子でもある巨匠ワルターの歴史的ステレオ録音(1958年)のクリアでリアルな味わいが、私のいた病棟の雰囲気を妙に彷彿とさせて非常に印象深くよみがえります。

第1楽章。手術を翌日に控えた夜。薄暗い病室。天井とカーテンに囲まれ一人。ふと医師による手術の説明を思い出す。負の部分ばかり考えてしまう。恐さばかり考えてしまう。眠れないままその時はやってくる。

第2楽章。手術の恐怖から解放され、安堵の気持ちがあふれる。しかしまだどこかに気が張りつめている。それが自分でもわかる。

第3楽章。緊張がほぐれた頃、徐々に鈍い痛みを感じ始める。ゆっくり流れる時間。廊下を行き交う人々。まわりの患者さんとの会話。見舞いに訪れる妻。

第4楽章。長い夜。暗がりの中、この空間がふと独房のように思えてくる。でも目を閉じて心を無にすれば、やがてそこは心落ち着く懐かしい世界に。

第5楽章。退院が迫った時あらためてこれまでのことを振り返る。不安、静寂、苦痛、喧騒、安堵、希望。そうしたいろいろな記憶とともに病院をあとにする。久々に見上げる空、今は狭い我が家が楽しみでしかたがない。

ワルター/NYPによるマーラーの復活。それは私の体験した日々とともに、これからもずっと記憶されていくことでしょう。

それでは、これからもどうぞよろしくお願い致します!
posted by stonez | 2006.03.03 21:24 | Comment(39) | TrackBack(3) | 音楽 - 交響曲

モーツァルト/交響曲 第41番「ジュピター」

今日で250回目の誕生日を迎えたモーツァルト。それにしても250年という長い時を経ても、なお生きつづけるその存在には本当に驚きです。

先日、NHKのTV番組にノーベル物理学賞受賞者の小柴昌俊さんが登場し、「アインシュタインがどんなに偉くても、モーツァルトのように人々に喜びを直接伝えることはできなかった」とおっしゃっていました。ご自身の分野に対する謙遜もあるかもしれませんが、音楽という形を通して直接人々の心を解き放してくれる感性による奇蹟を実感します。

というわけで「モーツァルトイヤー」の節目ともいうべき今日取り出したのは、彼が32歳の時に生み出し、通し番号がついた41の交響曲のラストを飾る傑作、交響曲第41番 ハ長調 K.551「ジュピター」です。その壮麗な輝きとスケール感は、まさしくギリシャ神話に出てくる神のような威厳を放っています。

演奏は カール・ベーム指揮/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団です。ベームというと晩年(1976年)のウィーン・フィルとの録音が知られていますが、1962年のこの録音は溌剌としていて厚みのある好演というのが私の印象です。

まずは第1楽章。これがベームかと一瞬思ってしまう快速なテンポですが、それを適度な重量感をもつオーケストラがしっかりと支え、心地よい音色を聴かせてくれます。まるでオペラ・ブッファのような軽やかなアレグロ・ヴィヴァーチェ。

第2楽章はアンダンテ・カンタービレ。変わって充分にテンポを落とし、あたたかい世界を作り出していきます。穏やかに耳元でささやくような弱音機つきのヴァイオリンからは、この世のものとは思えない天国的な響きが広がります。

第3楽章のメヌエットは心安らぐアンサンブル。でもそれだけではなくトランペットやティンパニも登場して時おり高貴な雰囲気も作り出します。第2楽章が天上界の美しさなら、この楽章は地上界の典雅な美しさです。

そして終楽章はモルト・アレグロ。フーガの形式で、繰り返しやってきてはどんどん興奮を高めていく媚薬のような感覚。壮大な弦楽器の合間に入ってくる管楽器は小鳥のさえずりのような美しさ。そして一気に駆け上がって快感のフィナーレです。ベームの巧みな技が散りばめられたモーツァルトのジュピターでした。

そういえばノーベル賞受賞者の小柴さんは、こうも付け加えました。
「モーツァルトは私に喜びを与えてくれる。それだけじゃいけませんか?」
posted by stonez | 2006.01.27 12:55 | Comment(10) | TrackBack(7) | 音楽 - 交響曲

モーツァルト/交響曲 第29番

網膜はく離で治療中の私の右目は、糸くずのようなものは相変わらず見えるものの視界や痛みなどは特にありません。今はおとなしく日々仕事しつつ、来月の手術に備えているところです。

それにしても毎日寒い日々がつづきますね。このところ鼻風邪気味なので通勤電車くらいはマスクをしたいところですが、眼帯とセットだとさすがに視覚的に痛いところ(笑)。今のところ併用はしていませんが、とにかく全て完治させてスッキリしたいところです。

ともあれ、こんな寒さの厳しいときには暖かい部屋でのんびり聴きたい音楽を。モーツァルト作曲、交響曲第29番 イ長調 K.201で、演奏はレナード・バーンスタイン指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団です。

あたたかい春の息吹と、心地よいそよ風を運んでくるようなこの音楽は、なんと17歳の若さでモーツァルトが書き上げた作品で、この時期の彼を代表する名作でもあります。楽器編成を見ても、弦五部に2名ずつのオーボエとホルンという構成なので、室内楽のようにきめが細かくやわらかな響きが感じられます。

第1楽章は穏やかなそよ風に始まり、次第に重なり合って豊かな景色となっていきます。つづく第2楽章はしっとりと歌いこまれる豊かなアンダンテ。モーツァルトらしい天国的な音色です。第3楽章は鳥たちの会話のような歯切れのよいメヌエット。終楽章は明るく鮮やかに。自在に変化するスピード感は狩りのようです。

とにかくバーンスタインらしく流暢に語りかけてくるようですし、音楽はシンプルなのに艶やかさが際だっています。今のようなモノトーンの季節にこそ際立つ、ホッとする空間をつくり出しています。
posted by stonez | 2006.01.19 22:18 | Comment(7) | TrackBack(1) | 音楽 - 交響曲

シューマン/交響曲 第3番「ライン」

これまでろくろく自己紹介もしていませんでしたが、私は今日から30才になりました。とはいっても特に何も変わることなく、今まで通り自然体でやっていければと思います。

というわけで、今回は私の最近一番のお気に入りにしてみました。このCDは先日ネットサーフィン中に偶然見つけ、しかも安価だったので購入したのですが、これが思わぬ掘出し物でした。ホルスト・シュタイン指揮/ウィーン交響楽団による、シューマンの交響曲第3番 変ホ長調 Op.97「ライン」。1997年12月にウィーン、ムジークフェラインで録音されたものです。

とにかくこのシュタイン盤は、2、3聴いた「ライン交響曲」の中でも際立っていて圧倒的な存在感を放ち、緻密で均整の取れた響きを楽しませてくれます。楽章間に咳払いなどが聞こえることから恐らくライヴ盤だと思いますが、最後に聴衆の拍手が入っていません。これは是非とも入れておいて欲しかったところです。

まず第1楽章は序奏なしで、最初からスケール感たっぷりの雰囲気で始まります。私は訪ねたことはありませんが、陽光を浴びてまぶしいばかりに輝くライン川が思い描かれます。第2楽章はスケルツォ。といいつつも、ゆったりとした川の流れと河畔ののどかな風景を楽しめる演奏となっています。

つづいて、間奏曲のような穏やかな第3楽章に聴き入った後、シューマンがケルン大聖堂に行った感動をもとに後から挿入したといわれる第4楽章に入ります。荘厳な旋律、加えてオルガンのような響きは壮麗さをより一層際立たせています。終楽章は一転して活気に溢れた祝典ムード。生き生きとしたダイナミックなフィナーレを迎えます。

この「ライン交響曲」はシューマンが合唱団の指揮者として、ライン川流域のデュッセルドルフに移り住んだ頃、彼が40才の時に作曲されています。「ライン」というタイトルは彼本人がつけたものではありませんが、その曲想からは広大なライン川の雄姿を存分に想像することができます。このあたりは、スメタナがモルダウ川を神秘的に描いたのとは対照的で面白いところです。
posted by stonez | 2006.01.12 23:02 | Comment(22) | TrackBack(7) | 音楽 - 交響曲

ブルックナー/交響曲 第5番

雲ひとつない青空、でも今日はこれまででとりわけ寒さを感じる一日でした。これからどんどん冬らしい気候になっていくわけですね。でも屋外で仕事をされている方々のご苦労を考えると、室内にいる私は恵まれています。このところ帰りが遅くて疲れ気味、なんて口が裂けても言えません!

さて今回は、当ブログ初登場のブルックナーです。交響曲第5番 変ロ長調 WAB.105。演奏はギュンター・ヴァント指揮/北ドイツ放送交響楽団です。ヴァント/NDRの演奏はベートーヴェンの交響曲CDを聴いて興味を持ちましたが、彼にとってのブルックナーは特別なレパートリーだったとのこと。聴いていると、まさしく「粛々とブルックナーの作品を構築していく」様子が伝わってきます。

その作曲家ブルックナーですが、私の中では「謙虚な人」というイメージです。他人の批評をとても気にしたそうで、そこからくる多数の「改訂版」の問題はややこしいことになってますし、30代後半になっても音楽の通信教育を受けていたほどで「万年生徒」なんてニックネームまであります。しかも、あまりに苦労人すぎて作曲してもなかなか発表せず、ようやく書いた交響曲に「0番」などとつけるに至っては謙遜にもほどがあります。と本に書いてありました(笑)

でも、彼の残した交響曲はそんな逸話を吹き飛ばすほど堂々とした壮大なもの。まだ最近聴き始めたばかりではありますが、そう感じました。この交響曲第5番は「版」の問題もあまりなく(今回のヴァント盤は「原典版」)、ブルックナーらしさがよく出た音楽といわれているようで、それは西欧の歴史ある巨大な建築物そのものです。

第1楽章からそれは始まります。序奏こそ霧のような静けさですが、やがてくる荘厳な響き。巨大なスケールの大聖堂に、繊細な装飾が整然と描かれていくようです。第2楽章も甘美さではなく、厳粛さが健在なアダージョ。つづく第3楽章は軽快な中間部をはさんで、さらに勢いを増したスケルツォ。フィナーレは主題が形を変えながら繰り返されます。第1楽章のテーマが蘇って、最後の巨大なコーダとともに描写は遂に完成!

とさらっと書いてはみましたが、曲全体は1時間をゆうに超える長大なもの。私の片道の通勤時間には収まりません。でも、聴き込んでいくほどに耳にどんどん馴染んでいき、時間の長さはあまり関係なくなります。もちろん、ヴァントの細部にわたる端正な表現と、全体的な一体感とのバランスのよさによるところも大きいでしょう。
posted by stonez | 2005.12.14 23:12 | Comment(12) | TrackBack(4) | 音楽 - 交響曲

メンデルスゾーン/交響曲 第5番「宗教改革」

私事で恐縮ですが、妻が妊娠しております。ただいま6か月ということで一応安定期に入りました。ようやく授かった命、これから家族が増えることへの喜び、父親としてちゃんとやっていけるかという不安などなどありますが、とても楽しみです。今はとにかく無事に生まれてきて欲しいという事だけです。

今日はメンデルスゾーン作曲、交響曲第5番 二長調 Op.107「宗教改革」です。この音楽には思い出深いエピソードがあります。去る11月5日に行われた千代田区のオケフェスに行ったときのこと。いつもお世話になっている、おさかな♪さん所属の千代田フィルハーモニー管弦楽団が、このメンデルスゾーンの交響曲第5番の第2楽章を演奏している時に、妻が生まれて初めての胎動(たいどう)を感じたのでした。

そのとき妻は、本当に子供が動いたかよく分からないと言っていましたが最近では頻繁に胎動を感じるようになり、あれが最初だったと確信したようです。私や妻だけでなく、おなかの子供にまでインパクトを与えたあの演奏は生涯忘れられないものとなりそうです。

この交響曲第5番「宗教改革」は、メンデルスゾーンがわずか21歳の若さで作曲した、タイトル通り「宗教改革300年祭」のための音楽です。ただ式典での演奏は遂にかなわず、初演こそ行われたもののお蔵入りとなってしまいました。そして彼の死後に出版されたことから交響曲の番号は最後の5番目となっています。この演奏を、今回はクラウディオ・アバド指揮/ロンドン交響楽団で聴いてみました。

まず、第1楽章の厳かな序奏のあと、弦楽器だけで奏でられる「ドレスデン・アーメン」と呼ばれる非常に静かで美しいフレーズと、毅然としたメインテーマのコントラストにしびれます。そして、第2楽章の天国のような暖かさと躍動感!。さすが胎児を動かすだけのことはあります。また、神秘を感じさせる弦楽器の美しい第3楽章。フィナーレは、ルターが作曲したコラール「神はわがやぐら」のフレーズで始まり、プロテスタントの勝利を宣言するかのような堂々とした存在感。

この音楽は、たどった経緯がもったいなかったと思います。扱ったテーマがテーマなだけに厳粛で品がありますし、何よりも比較的短い演奏時間なのにこの満足感。やはり時間の長い短いではないと痛感する素晴らしさです。

当時の作曲家としては例外的に裕福な家庭で才能を開花させたため、逆境を乗り越えるような「迫力」や「壮大さ」を感じる音楽が少ないといわれるメンデルスゾーン。ただ彼はプロテスタントだったもののユダヤ人だったために、当時のドイツでは随分肩身の狭い思いを味わったようです。この交響曲第5番の境遇などはその一例といえるでしょう。

だからこそ、彼の音楽が平和的で気品のある美しさに満たされていても不思議ではないように思います。
posted by stonez | 2005.12.09 12:55 | Comment(13) | TrackBack(2) | 音楽 - 交響曲